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2014年3月30日日曜日

烏山線に新型電車走る

2014年3月15日、JR時刻表改正に合わせて烏山線(栃木県)に新型電車が初運転した。那須烏山市ではこれを歓迎して夏祭りである「山あげ祭り」を開催した。電車の乗客、他見物人で烏山駅前が人でうずまった。

この電車は架線のある宇都宮駅から宝積寺えきすぱーとまでは屋根上のパンタグラフを上げて普通電車として走り、宝積寺駅から烏山駅までは架線が無いので、ここは強力バッテリーで走る。烏山駅には充電設備が設置されて停車中に充電する仕組みだ。

 

充電中パンタグラフが上がっている。

 

愛称アキュム
山上げ祭り開催

 

 

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2013年3月18日月曜日

耕便門(こうべんもん) 那須烏山市




耕便門(水路トンネルの出水口の名称)の掘削

栃木県那須烏山市


耕便門とは「田畑を耕すための便利な門」と言う意味だそうだ。

当時の領主大久保忠成(ただしげ)が名付けたと言われる。

那須烏山市の市街地の地下を水路隧道が通じている。

隧道掘削の地下水路の精密設計書を作ったの
   
当時水戸領久那瀬の婦人設計者だったそうだが氏名は分からない。

   この計測資料に基づいて、

文政八年(1825年)三月から

烏山町の赤坂町の根元小右衛門、大沢村の
            
    平山助乃丞の二人が、この隧道工事を引き受け

平山助乃丞は在の耕便門から北方の巻淵に向かって堀り進み、

巻淵の取水門側からは根元小右衛門が掘り進んだ。
    
    灯明やろうそくの照明で金槌と鏨(たがね)を使っての

作業は大変な苦労があったと思われる。
            
    掘削工事は昼夜休まず進められ、翌文政九年(1826年)の六月には
            
    南北からの掘削した隧道(水路トンネル)は誤差も少なく出合ったと言う。

こうして巻淵から耕便門までの隧道は完成し

上流の那珂川の水は耕便門まで流れて行くことになった。
    
    これによって、金井町崖下の荒れ地の開田が進み

水田面積は三十町歩(30㏊)に達し

烏山藩の財政はこの開田によって潤ったと言われる。
            
     耕便門の下流には水車場も作られて、

精米、製粉線香製造者が多あったと言うが

現在はこれらの水車場は無い。
    
    当時の記録では隧道の長さ224間(約407m)とあるが、

足利工業大学土木史工業研究室の実測では350mである。
    
    費用は600両、現在の費用に換算すると1880~3000万円。
    
   
 資料: 旧烏山町誌 

       足利工業大学 福島研究室(土木史研究室)ホームページ
                                                      


マップファン




取水門の崖上に鎮座する水天宮
耕便門の守護神


耕便門の取水門

取水門から上流の風景



耕便門の出水門


 烏山大橋の上からの開田された風景


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2013年2月22日金曜日

歩く会 森田の芳朝寺 2013/02/17(日)

快晴に恵まれて穏やかな日だった。
烏山線に乗って小塙駅で下車して、芳朝寺に歩む。




正面の山の雑木林が森田城趾。この麓に芳朝寺がある。




 芳朝寺の境内
芳朝寺は曹洞宗の寺院で那須与一の長兄
、那須太郎光隆の創建と伝えられる。












頂上から日光の男体山、女峰山、高原山などが望遠できる。


2012年11月12日月曜日

龍門の滝の紅葉 那須烏山市 12/11/10

11月10日、土曜日の龍門の滝、太平寺の紅葉を見てきた。

烏山線が江川の向こうを走る。

 
この江川の流れが竜門の滝になる。
 
 
 

流れの早い浅瀬に遡上した鮭の群れを見た。

 

太平寺の紅葉

 
 
太平寺概要: 太平寺の創建は延暦22年(803)、坂上田村麻呂が東夷東征の際、戦勝祈願としてこの地に堂宇を建立し千手観音菩薩像を安置したのが始まりとされ、嘉祥元年(848)に慈覚大師円仁が再興しています。中世は領主だった那須氏に庇護され寺領の寄進や堂宇の造営など行われましたが、天正13年(1585)に那須家家臣の大関氏が千本氏を忙殺した舞台にもなりました。天正18年(1590)那須氏は小田原に参陣しなかった事から奥州仕置きにより改易し太平寺は一時衰退しますが、江戸時代に入ると歴代烏山藩主の庇護となり寺運を隆盛します。特に享保10年(1725)に大久保氏が藩主となると代々の菩提寺となり、観音堂の大改修や寺領5石が安堵するなど庇護し、累代位牌は那須烏山市指定有形文化財となっています。又、境内には川口松太郎の小説「蛇姫様」で知られる"お六姫"の墓があります。現在の本堂と仁王門は享保10年(1725)に建てられた古建築物で、本堂は入母屋、銅瓦葺き、仁王門は三間一戸の八脚楼門で、入母屋、銅瓦葺き外壁は朱色に塗られ2層目には高欄が廻されています。 (那須烏山市 ホームページに依る)

 

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2012年11月1日木曜日

舟戸の渡し 那須烏山市

 
下境と野上間を行き来していた舟戸の渡しが
昭和61年5月28日に下野大橋の完成に依り閉鎖された。
この記念碑は下境側の乗船場跡に建てられている。
この2枚の写真は2009年9月に発行された
「目で見る矢板・さくら・那須烏山の100年」誌
発行所郷土出版社掲載された貴重なもの。
上の写真は小学生が遠足の途中、渡しの舟に乗っている様子、
下の写真は完成間近の下野大橋の下を渡し舟が動いている様子。
下野大橋と記念碑
下野大橋に夕暮れ迫る。
下境乗船場跡の空地に蜂屋柿が大きくなっていた。

舟戸に満月が昇る。

 

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2012年10月31日水曜日

蔵ギャラリー開館 栃木県那須烏山市

 
10月26日、那須烏山市中央2丁目
古い石蔵と土蔵を使ったギャラリー「かわせみ」が開館した。
元会社役員滝口美孝さんが長年にわたって収集した古美術等を展示している。
オープン記念行事はつるし雛と銀アクセサリーの企画展

石蔵に岡本太郎のリトグラフ、絵画や版画、木彫りの仏像、陶器、手作りランプ

土蔵に益子焼、小砂焼、萩焼、備前焼、船時計など展示

入場無料 午前10時~午後4時

 



 

 

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